Re:忘却の彼方

美しいから飛べるんです、飛行機は。

過去の話。

今日のブログは桜吹雪の勝手な青春回想になるのでとばしてちょんまげ。

いでまるに、麻衣子もおめでとうと言っていたよとメッセージしておいた。

いでまるは岡田くんについてわざわざ私が麻衣子に聞いてくれたことを

「そんなのいいのに!ほんとにありがとう!」

と言ってくれた。

本当は麻衣子に頼んで卒アルの写真を送ってもらおうかと思ったけど、

間違いなく私は岡田くんを思い出せないのでやめておいた。

もし会うことがあったら、そのときは「はじめまして」って挨拶するつもりでいるw

ごめんよ。

過去を振り返ることは、

自分の心の傷をえぐるようで好きじゃない。

(だから私は他人の過去も気にしない。)

やっと治ったかさぶたをひっぺがすよなむごいことを自らしようなんざ、

なんで思ったのかわからないのだけど、

人間て都合がよくて楽しかった記憶のが鮮明に思い出せるのね。

高校1年から大学の最初2年間は私の31年間の最大の暗黒の時代である。

楽しかったのは全体の2割程度。

何故なら私は行きたい高校にも大学にも入れなかった。

でもそれはすべて私の責任で

私の選択の結果である。

特に高校受験の敗北感は相当で、

仲良しだった友達はみんな行きたかった高校に受かってしまって

私だけ置いてきぼり感が強かった。

その上、本当にド田舎の小さな中学校出身の私は、

一学年1000人いるマンモス校に入ったことで180度変わる。

そのスピードに全然ついていけなかった。

実はそんなに社交的でもないから

とにかく友達作るのに苦労した。

おまけにあんなに自信があった勉強も、

進学校にきてしまうと

みんなとても出来るのでとにかく順位が下がった。

1000人中800番台の成績とかザラ(笑)。

また通学時間が軽く片道1時間半はかかってて毎日しんどかった。

二年目でなんとかストレスをためないように思い付いたのが、

完全に二重人格を演じきること。

毎年のクラス替えに、また友達を零から作らなければならないから

明るく、楽しい人を演じて、

家に帰るとそのスイッチをきる。

毎朝6時40分の電車に乗ると同時にそのスイッチを入れる。

だからとにかく家で暗い(笑)。

ずっと映画見てゲームしてた。

(まあぶっちゃけ小学校のときから比較的そうで、

 三者面談になると母親が学校での私のキャラにたまげていた。

 本当に家では卑屈で暗かった。

 TMネットワーク聴いてあぶない刑事見るのが楽しみだった子供だった。)

おかげで全然勉強のスイッチが入らなかった(笑)。

高校3年はもっともひどくて、

2年時の担任に嫌われたせいか、仲良しの子たちととことんクラスを別れさせられた。

毎日学校に行くのが嫌で嫌で

3年の時は内部進学しないと決めて、

毎日代ゼミにいくことにして夏以降ほぼ学校に行くのをやめた。

受験科目以外はまったく勉強しなかったからほぼ評定2w

3年の春、

そんな絶望感の中でわたしを部活に誘ったのが2年の時同じクラスだったいでまるだった。

『全然後輩が入ってくれなくて、このまま行くと学祭も出られないの。

文化祭でアピールできないと新人も入らず、廃部になる!

お願い、文化祭まででいいから臨時部員ではいってほしい!!』

いでまるは唯一の3年で、部長だった。

文化祭でハンドベルをやるのに、ベルを持つ人数が足りないっていう状況w

じゃあ親に聞いて部活やっていいか聞いてみるね、

っていでまるに話した。

私も麻衣子も親がダメって言うと思ったら、

まさかの2人ともあっさり

「せっかくなんだから思い出にやってきなさい。」

って言われて入部決定w

私は仮病で断ろうとか最後まで考えてたけど結局入るっていう。

私も麻衣子もピアノやっていたから楽典は完璧だった。

それからハンドベル練習して、合唱も練習して、

なんと土曜日もお弁当持って午後も練習、

休日も練習があるというありえない生活がはじまった。

それが全然スパルタじゃなくてめっちゃゆるかった。

練習より休憩のが長くね?って感じだったw

当時流行ってた福山雅治の『桜坂』が部室にいつも流れてた。

いでまるはいつも明るくて優しかった。

そして疲れるタイミングで必ずお菓子をくれる(笑)。

そんなせいで文化祭本番のハンドベル

私は途中で楽譜を見失い、

私の音を忘れる事態になった(笑)。

麻衣子は隣で『あ、こいつ楽譜を見失ったな』て思ったって笑ってた。

後輩たちはのんびりしていて

『先輩臨時じゃなくて残ってください。』ていつも言ってくれた。

私の数少ない青春の楽しい思い出はすべて彼女たちのおかげだった。

それから受験がどんどん忙しくなって、

隣のクラスになったいでまるとも麻衣子とも会えなくなり、

私は学校に行くのをやめた。

今思えば半分登校拒否だったよなーと思う。

3年の後半、ずっと私の隣の席だったみっちーは、

麻衣子と同じくらい頭がよくて、

背が高くて細くて、顔が小さい女子だった。

私が隣の席でほぼ来なかったから

いつだかみっちーが

「桜吹雪ちゃんよかった今日はいてくれて。」と言ってくれて泣きそうになった。

この一言が、どんな想いで発せられたのかはわからんけど

私はあのとき、みっちーが隣で心底よかったと思った。

(彼女はきっとそのことを覚えていないw)

みっちー元気かなぁ。

みっちーも数少ないメールアドレスがわかる人なので後でメールしてみよう。

アドレス変わってないといいなぁ。

(無事メール使えてみっちーにメールできたよみっちーあのときはありがとう!)

あれからもう15年くらい経つから早いなぁ。

今思い返せば、

楽しくなかったのは私のせいだったよなぁと思う。

もっとまわりを見渡していたら暗黒の5年間は

楽しい5年間だったと思うのに。

このあとの最初2年間の大学時も相当卑屈だったけど、

その時もすみすみとわかなぴんとまいちろりんとゆかりんとしおりちゃん(すげえあだ名w)が助けてくれて

私は立ち直ったのであるけど。

編入先の大学の頭1年もそうとうだったなぁ。

ただ、あれから二重人格を演じるのが相当うまくなって

表人格が主人格になれたのは予想外だったけど。

(家では相変わらず卑屈で暗くてインドア)

「桜吹雪ちゃん=おもしろいひと」

っていうのをいろんな人に言われるんだけど、

この人格は私が苦労と共に作り上げた幻想なんだけどな(笑)。